日本的経営の変遷と​「インテグリティ​」の意義

ブログ 2025.11.11

 紅葉で色づき始めている京都東山のワークスペースから日本的経営とインテグリティの親和性について論じたいと思います。ここ京都は100年を超える老舗企業の割合が全国トップの土地柄です。因みに世界に目を向けると100年企業は50%、200年企業は65%を日本が占めているのです(下図)。 

(出所 周年事業ラボ世界の長寿企業ランキング(2022)を参考に筆者作成)

 高度経済成長期に形成された日本的経営は、終身雇用・年功序列・企業内福祉・共同体意識を基盤とし、戦後日本の経済発展に大きく寄与しました。しかし、バブル崩壊以降、国際競争力の低下とともに組織の硬直化が進み、過剰なコンプライアンス対応が中間管理職の萎縮を招きました。これにより、企業理念や挑戦精神の形骸化が進み、若年層の離職増加にもつながっています。こうした状況のなかで、日本的経営が本来有していた「誠実さ」「真摯さ」「高潔さ」の価値を再評価し、現代的なインテグリティを核とする経営への転換が企業の持続可能性(サステナビリティ)を支える鍵となります。

 1970年代から1980年代にかけて、「日本的経営」は欧米諸国から注目を集めました。その特徴は以下の4点に整理できます。

①終身雇用制度 ― 長期的雇用関係に基づく労使相互の信頼関係の構築

②年功序列と共同体意識 ― 個人よりも組織・集団の調和を重視する文化

​③企業内福祉と家族主義 ― 従業員を「家族」とみなし、相互扶助を重視する体制​

④社会的セーフティネットとの連携 ― 国民皆保険・皆年金制度を背景とした安全・安心の共有

 これらの特徴は、大量生産・大量消費の時代における日本企業の効率性と忠誠心を支え、経済大国としての地位を確立する要因となりました。 1980年代後半に日本経済と日本企業が世界を席巻したことは、米国の社会学者 Vogel(1979)により、日本経済の強さを語った ‟Japan as Number One”に上梓されています。その強さとは、役職や立場を超え、相手に配慮しつつチームの生産性を向上させることでした。また、米国の社会学者 Bellah(1996)は、西洋のキリスト教文化以外の国で、日本だけが近代化に成功した理由を、江戸時代の「心学」であると結論づけています。この心学の実践は、近江商人に代表される三方よし「売り手よし、買い手よし、世間よし」や渋沢栄一の「道徳経済合一説」などの伝統的企業文化として、連綿と受け継いできたのです。 

 しかし、1990年代のバブル崩壊および2008年のリーマンショックを経て、こうした伝統的経営モデルは急速​に揺らぎ始めました。グローバル競争の激化とVUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)環境の到来により、日本企業は変化への適応に苦慮したのです。特に顕著なのが、1990年代に不祥事対応やリスク管理のために日本の大企業に導入されたコンプライアンスプログラムです。制度そのものの否定ではなく、成果に繋がらなかったのです。それどころか、オーバーコンプライアンスによる組織の硬直化という副反応の後遺症に苦しんでいます。不祥事やハラスメント問題への対応として新たな規定やルールを次々と導入する「モグラ叩き」的対応が繰り返され、社員は自律的判断よりも防衛的行動を優先するようになりました。その結果、「何もしないこと」がリスク回避とみなされる風潮が中間管理職層に広がり、理念や挑戦精神の形骸化を招く、いわゆる「不作為の暴走」が静かに広がり、企業全体を蝕む状況なのです。理想を抱いて入社した若手社員も、現実とのギャップに失望し、早期離職する傾向が強まっています。これは単なる人材流出ではなく、組織の活力低下という構造的問題を意味しています。 

 こうした停滞状況を打開する鍵として、インテグリティ(Integrity)の重要性を提起しています。インテグリティとは、誠実さ・一貫性・倫理的整合性を意味し、組織や個人の信頼を形成する根幹です。興味深いことに、インテグリティは日本的経営の本質的価値と親和​性があります。日本企業はもともと短期的利益よりも長期的信頼関係を重視し、共同体的倫理を基盤として発展してきました。この価値観を現代的な文脈で再解釈し、グローバルな倫理規範と接続させることで、企業は再び社会的信頼を取り戻すことができるのです。​ 

 インテグリティは、サステナビリティ(持続可能性)を支える経営哲学として位置づけられます。外部環境の急激な変化に柔軟に対応しつつ、長期的信頼に基づく価値創造を行うことが、これからの企業の生存戦略となるのです。形式的なルールの増殖ではなく、組織文化としての倫理的自律性を再生することこそ、企業の持続的成長の基盤となることは、この国の伝統的企業文化が物語っています。

 日本的経営はかつて世界の模範とされ​ましたが、その成功の基盤にあった信頼と誠実の精神文化が形骸化した現在、先進企業は新たな価値体系を模索しています。オーバーコンプライアンスによる萎縮から脱し、インテグリティを核とする経営への転換を図ることが、サステナビリティの時代における日本企業の再生の道なのです。

参考文献

Ezra F. Vogel(1979) Japan as Number One: Lessons for America, Harvard University Press.

日経BP(2022)「世界の長寿企業ランキング」https://consult.nikkeibp.co.jp/shunenjigyo-labo/survey_data/I1-06/

野中郁次郎​、勝見明 (2020) 「共感経営 「物語り戦略」で輝く現場​」日本経済新聞出版.

ロバート・ニーリー・ベラー(1996)池田昭訳『徳川時代の宗教』岩波書店.

お問い合わせ

講演会・研修会の講師派遣やコンサルティング等のご相談を承っております。
どうぞお気軽にお問い合わせください。

記事一覧