個人の徳は、いかにして組織の力になるのか。MLB・大谷翔平という選手を語るとき、私たちはつい「才能」「努力」「二刀流」といった言葉に引き寄せられる。しかし彼の本質的な価値は、むしろ目に見えにくい「インテグリティ(integrity)」にある。
インテグリティとは、単なる「誠実さ」や「真面目さ」ではない。自らが大切にする価値観と行動が一貫しており、その一貫性が他者との関係性の中で信頼を生む力である。彼は、このインテグリティを「個人の美徳」にとどめず、組織を動かす力へと転換している稀有な存在である。
インテグリティは「生まれつきの資質」なのか
一般にインテグリティは、「性格」や「家庭教育」「人格」といった個人要因として語られがちである。しかし、組織行動論やリーダーシップ研究では、インテグリティは次の三要素から構成されると考えられている。重要なのは、インテグリティは他者との関係性の中で初めて意味を持つという点である。それは個人の内面に閉じた資質ではなく、社会的・組織的に形成される性質である。
・価値の一貫性(何を大切にしているかがぶれない)
・言行一致(言葉と行動が一致している)
・他者・組織への配慮(関係性の中で信頼を生む)
大谷翔平の行動が「規範」になる理由
彼は、MLBという極めて成果主義的で多国籍な環境(企業に例えればグローバル複合企業体)に身を置きながら、驚くほど一貫した行動を続けている。注目すべきは、彼がそれらを説教や理念として語らないことである。その姿勢そのものが、周囲に静かで持続的なメッセージを送り、チームの風土を形づくっていく。社会的学習理論の観点から見れば、彼のリーダーシップはシェアード・リーダーシップ¹に近い。人は、信頼する存在の行動を観察し学習する。インテグリティを備えた存在は、意図せずしてロールモデルになるのである。
・個人成績よりチームの勝利を最優先に語る
・捕手や野手、スタッフへの配慮を当然のように行う
・感情を乱さず、準備と規律を崩さない
日本的価値観―陰徳善事としてのインテグリティ―
興味深いのが、日本的価値観との接続である。江戸時代、近江商人の家訓とされた「陰徳善事²」と彼の立ち居振る舞いは、極めて近い感覚である。彼のインテグリティは、言語化された理念ではなく、暗黙知として共有される行動規範となっている。「あの場面は、あのように振る舞うものだ」という“空気”が、彼の姿勢から静かに周囲に伝播する。
・自己犠牲を語らない
・チームプレーを美談にしない
・結果と行動で示す
グローバル組織で、なぜ機能するのか
「空気」や「暗黙知」は、日本的でローカルなものだと思われがちだ。しかし彼の事例は、それが誤解であることを示している。国籍も文化も異なり、契約は流動的、評価は成果がすべてである、そんなMLBという厳しい環境においても、彼のインテグリティは機能する。それは、彼が目指しているのが単なる「和」ではなく、高いパフォーマンスが自然に生まれる機能的な場だからである。このことは、「心理的安全性³」にも通じる。
インテグリティは、組織をどう変えるのか
インテグリティは、次のように組織力へと転化される。それは、「命令されるから動く」組織から、「共有された価値によって動く」組織への転換である。制度やルールだけでは決して生まれない、人間的な組織力である。
・成員間の信頼が高まる
・役割を超えた協力が生まれる
・個人最適から全体最適へと視点が移る
結論:新たなリーダー像
大谷翔平は、生まれつき倫理的な「聖人」なのではない。組織合理性を体現し、行動で価値を示し、周囲の選択を静かに変えていった。その結果、彼はインテグリティを「個人の徳」から「組織の資源」へと変換した。語らず、命じず、しかし確実に影響を与える。日本人の美徳である「陰徳善事」が、グローバル組織でここまでの力を持ちうることを、彼は身をもって証明している。最後に、次代を担う若者に「近江聖人」と称された中江藤樹⁴の言葉を伝えたい。
谷の窪地にも山合いにも、この国の至るところに聖賢はいる。
ただその人は自分を現さないから世に知られない。
それが真の聖賢だ。
世に名前が響き渡った人々は、結局取るに足らない人物である。
1.シェアード・リーダーシップ:状況や専門性に応じて、チームのメンバーが流動的にリーダーシップを発揮する創発型組織。
2.陰徳善事:人知れず、評価を求めず、善い行いを黙って積み重ねるという倫理観、近江商人の代表的な家訓である。
3.心理的安全性:ハーバード大学教授のエイミー・エドモンドソンがグーグルで実証した概念。拒絶や罰を恐れずに率直に言える安心感による生産性向上。
4.中江藤樹:日本陽明学の開祖、「心学」を弟子の熊沢蕃山とともに世に広め、後の吉田松陰、西郷隆盛に影響を及ぼす。
