―― なぜ「名声がある組織」でも、ハラスメントは繰り返されるのか
ハラスメント問題は、しばしば「一部の人のモラルの欠如」「管理職の意識不足」として処理されがちです。しかし、それではなぜ同じ組織で、同じような不祥事やパワハラが繰り返されるのでしょうか。
インテグリティ研究所は、ハラスメントを個人の問題ではなく、組織のインテグリティ(Organization Integrity)の問題として捉えます。この視点に立つことで、表面的な対症療法では見えなかった「本質的な原因」が浮かび上がってきます。
結論から言えば、インテグリティは、ハラスメント防止の源泉です。
1. インテグリティとは何か ― 個人資質ではなく「組織の性質」
インテグリティという言葉は、「誠実さ」「真摯さ」「高潔さ」と訳されますが、語源は「完全性」「一貫性」です。組織インテグリティとは、次の要素から構成されます。
- ・価値観の明確化(理念・Purpose)
- ・原則に基づく意思決定(判断基準)
- ・透明性(説明可能性・説明責任)
- ・他者への敬意(倫理観)
- ・一貫性(状況や立場でブレない行動)
お気づきの通り、これらはすべてハラスメント防止に不可欠な条件です。
裏を返せば、ハラスメントはインテグリティが欠如した組織で必然的に発生する現象だと言えます。
2. なぜ「コンプライアンス」だけではハラスメントは防げないのか
多くの組織では、ハラスメント対策としてコンプライアンス規程や研修を整備しています。しかし、それだけでは十分ではありません。なぜなら、コンプライアンスが提供するのは、「やってはいけない行為の定義」に過ぎないからです。現実の職場で起きるハラスメントの多くは、次のようなグレーゾーンで発生します。
- ・「指導のために強く言っただけ」
- ・「成長を思っての個別指導」
- ・「共有のため、皆の前で注意した」
- ・「相手が勝手に傷ついただけ」
- ・「手続きに基づくルールの範囲内なので問題ない」
これらはルールブックだけでは判断できません。必要なのは、状況に応じて熟慮し、自律的に判断するための価値基準です。つまり、コンプライアンスは最低限の防波堤であり、インテグリティは思考と行動を導く羅針盤なのです。
3. インテグリティの欠如が生む「構造的現象」
ハラスメントは、特定の「困った人」が起こす例外的な事件ではありません。組織の倫理的文化が弱いときに発生する、構造的な現象です。このことを心身の健康にたとえると、次のように理解できます。
- ・構造要因=ウイルス
- ・インテグリティの欠如=症状
- ・ハラスメント=表面化した病変
症状だけを抑えても、免疫機能が弱ければ再発します。組織の免疫力=インテグリティを高めることでが重要です。
4. ハラスメントを生む構造要因と症状
❶ 構造要因(ウイルス)
- ・権力の非対称性:階層構造、評価権限、正規・非正規の格差
- ・情報の非対称性:情報の量と質、透明性の偏り
- ・過度なプレッシャー:成果・効率至上主義、オーバーコンプライアンス
- ・不作為の暴走:沈黙、従順、報復への恐れ
❷ インテグリティの欠如(症状)
- ・アンコンシャス・バイアス:「怒ること」「叱ること」が指導だという思い込み
- ・心理的安全性の低下:言い訳や隠蔽が常態化
- ・見て見ぬふり:不正や違反への無関心
- ・官僚主義:部下を「対等な人」として扱わない
- ・利己主義:ルールは作るが説明責任を負わない権限者
- ・ミドルの機能不全:適切に指導できず、組織の生産性低下
5. インテグリティ実装モデルによるハラスメント防止(免疫力回復)
組織にインテグリティを浸透させるには、段階的な実装が必要です。
① 理念の共有(Why)
- ・人を尊重するとは何か
- ・権力は何のために使うのか
- ・なぜ意見を言える環境が必要なのか
② 制度の整備(What)
- ・苦情窓口・通報制度・再発防止策
- ・権力濫用に対する明確なルール
- ・インシデントを起点とした倫理的対話
③ 行動の定着(How)
- ・指導行動の可視化と対比
- ・感情やバイアスを排除する教育
- ・1on1やフィードバック訓練
④ 習慣化(Everyday Practice)
- ・日常会話で「敬意」「利他」を確認
- ・相談しやすい環境の継続的点検
⑤ 倫理的組織文化(Culture)
- ・「人」と「規範」が融合した文化
- ・ハラスメントを即座に是正する健全な免疫システム
6. まとめ
― インテグリティは「ハラスメントを未然に防ぐ見えない免疫システム」
ハラスメント対策とは、「人を取り締まること」ではありません。組織として、どのような価値と原則で行動するのかを問い続けることが最も強力な予防策であり、インテグリティそのものです。
✔ インテグリティがある組織
- ・誠実さ・真摯さ・高潔さが行動に表れる
- ・心理的安全性が高く、生産性も高い
- ・丁寧なフィードバックと豊かな対話
- ・配慮と敬意が判断基準になる
- ・倫理的対話により問題が早期に是正される
✘ インテグリティが欠如した組織
- ・感情・利己心・権威が支配する
- ・恐怖がマネジメント手法になる
- ・沈黙が常態化する
- ・不祥事・事故・ハラスメントが連鎖する
- ・組織全体の倫理水準が崩壊する
