企業不祥事が起きるたびに、企業は決まってこう説明する。
「コンプライアンス体制は整備されていた」と。
実際、多くの企業は行動規範、内部通報制度、倫理研修などコンプライアンスプログラムを整備している。しかし、それでも不正は繰り返し後を絶たない。近年は大企業ほど、カリスマ経営者ほどこのジレンマを克服できない。問題は制度の有無ではなく、制度がどのような組織文化の中で運用されているかにある。
この問題を考えるうえで象徴的な事例を取り上げる。モーターメーカーであるニデック株式会社(旧:日本電産)である。同社は創業者・永守重信会長の掲げる「王道経営」を企業理念の中心に据えてきました。王道経営とは、法令と倫理を守りながら社会に貢献し、正しい方法で企業成長を実現するという理念。さらに同社は「コンプライアンス7ヵ条」を定めている。これはISO 26000が定義するCSRの7つの中核主題をベースとした企業行動を基本原則としている。
・法令遵守
・製品安全と品質確保
・情報開示の透明性
・公正な競争
・組織的なコンプライアンス体制など
一見すると、企業倫理とコンプライアンスの制度は非常に整っているように見える。しかし、それでも会計処理を巡る問題が発生し、企業ブランドを揺るがす事態となり、現代のコンプライアンス体制の本質的な難しさを示している。すなわち、トップのリーダーシップのもとコンプライアンスを制度化したが、その結果、形骸化や不作為をもたらしている。それは、トップの意思が強いほど、コンプライアンスが歪む可能性があるという逆説であるのです。
コンプライアンスとインテグリティの違い
近年の企業倫理研究では、コンプライアンスだけでは不十分であり、「インテグリティ」が重要性が指摘されている。コンプライアンスとは「ルールを守ること」であり、外部ルールへの適合です。一方、インテグリティとは「価値観として正しい行動を自律的に選択する一貫性のこと」を意味し、内面的価値観に基づく判断である。つまり、制度としてのコンプライアンスが整っていても、組織文化としてインテグリティが機能していなければ、ルールは容易に形骸化する。また、オーバーコンプライアンスによる風通しの悪い組織文化に至るのです。
トップダウン経営の逆説
創業者主導の企業では、トップの強いリーダーシップが成長の原動力となることが多い。ニデックもまた、永守重信会長の強い経営思想と高い業績目標によって急成長を遂げてきた企業である。しかしこのような企業では、次のような組織文化が生まれやすい。
・目標未達は許されない
・数字達成が最優先
・トップの期待に応えることが評価基準になる
こうした環境では、現場において「ルールを守ること」よりも「成果を出すこと」が暗黙の優先順位になる可能性がある。企業倫理の観点から見ると、ここに重要な転換点が存在する。トップが倫理を語っていても、組織が評価するのが数字である限り、現場は数字を優先する。この瞬間、コンプライアンスは制度として存在していても、実質的には機能しなくなる。
制度ではなく文化が不祥事を生む
企業倫理の研究では、企業倫理戦略には二つの類型があるとされる。
・フェーズ1: [コンプライアンス] 規程や制度によってルール遵守を担保する段階
・フェーズ2: [インテグリティ] 倫理が組織文化として内在化される段階
多くの企業不祥事は、第一段階は満たしているが、第二段階に到達していない場合に発生する。つまり、不祥事の原因は「制度不足」ではなく、組織文化と評価システムの歪みであることが多い。
「インテグリティ」という経営課題
コンプライアンスは必要条件ではあるが十分条件ではない。対岸の不祥事が起こるたびにフェーズ1のコンプライアンスをいくら強化しても社員が疲弊するばかりである。企業が本当に問われているのは、次の点である。
・異論を言える組織文化があるか
・数字よりも誠実さを評価する仕組みがあるか
・トップの意思が組織の倫理を歪めていないか
トップは自分の意に沿って定款やルールをいつでも自由に変更できる。インテグリティとは、単なる倫理意識ではない。それは、組織全体が「正しいことを選び続けられる構造」を持つことである。企業不祥事の多くは、ルールがなかったから起きたのではない。むしろ、ルールが存在していたにもかかわらず、組織がそれを守れない状況に置かれていたから起きている。トップの意思はコンプライアンスを歪める力も持っていることを忘れてはならない。そのとき必要なのは、ルールに対して異議を唱えることができる組織のインテグリティなのである。現代の企業経営において、フェーズ1からフェーズ2の段階への移行が求められている。
